親の「いい事」も「悪い事」も知る子ほど、人生を乗り切る力を身に着ける。
子どもに親の「失敗」や「挫折」の話を素直に話せますか?
親が自分の昔話を子どもにするとき、子どもが喜んで聞いてくれたり、尊敬のまなざしを送ってくれると、親は嬉しいものです。
特に自分が成功したり活躍した話、例えば、
ラブレターを山のようにもらったこと。
予備校の模試で全国上位に入ったこと。
難関国家試験に合格したこと。
みんなが狙っていた人と結婚して夫婦円満なこと。
話している親の方も思わず得意気になってしまいます。
では逆に、自分が失敗したり、挫折した過去はどうでしょうか。
奥手で異性としゃべれず、さっぱりモテなかったこと。
予備校に通っても希望する大学に落ちたこと。
就職に失敗したこと。
結婚したものの夫婦関係が上手くいかなかったこと。
笑って話せる程度のものであればいいのですが、本人が未だトラウマを抱えていたり、子どもの教育上「よくない」と思える場合は、できれば伝えたくない、と思ってしまいます。
そもそも、こうした親の「失敗」や「挫折」の話を子どもにするべきなのでしょうか?
私も子を持つ身として、時々ふと迷います。
しかし、アメリカで次に紹介する研究結果があることを知り、「してもいいんだ。」と励まされました。 そこで、その内容をご紹介します。
家族の過去や経験を知っている子ほど、自尊心が高い傾向にある。
アメリカのジョージア州アトランタにある名門私立大Emory Universityの心理学教授であるMarshall Duke博士は、ある日、特別支援校の教師である妻からこんな話を聞きました。
「私の見た限り、親や祖父母の過去をよく知っている子ほど、自分を上手くコントロールできる傾向があるみたいなの。」
そこで、Marshall Duke博士は同僚と共同で「DYK(Do You Know、知ってる?の略)」と呼ばれる20の質問群(詳しくは後で述べます)を作り、子供(もしくは10代半ばの生徒)たちを集めて回答してもらった結果を分析したところ、親や祖父母に関する過去の出来事や経験をよく知っている子ほど、
自尊心が高い
学力が高い
社会への適応力がある
抑うつや、怒りを爆発させたりするなどの問題行動が少ない
などの傾向がみられました。
つまり、家族のことをよく知っている子ほど、心理的な安定や、人生を上手に乗り切る力を備えている、というのです。
子どもに困難を乗り切る力を与える「振り子物語」
では、具体的にどんな「家族の話」を知っていると、子どもはそのような力を身に着けるのでしょうか?
Duke博士によると、家族が話すときの「物語」には3つのパターンがあると言います。
一つ目は、「上昇物語」
これは、「一から努力して、切磋琢磨して、成功した。」というお話。
いわゆる、「〇〇があったから、〇〇したから、今の(成功した)私がある。」というお話です。
二つ目は、「下降物語」
これは上昇話法とは逆の話です。
つまり、「以前は〇〇だったけど、今はもう駄目になった、なくなってしまった。」という、嘆きやため息が聞こえそうなお話です。
そして三つ目は、「振り子物語」
これは、上昇物語と下降物語の組み合わせです。
すなわち「私のこれまでの人生には、いいときもあったし、悪い時もたくさんあった。」というお話です。
例えば、こんなお話でしょうか。
「お父さんのおじいちゃん、元々家が大地主だったんだけど、戦後の農地解放で土地はほとんど国に没収されてしまったんだ。
でも、残ったわずかな土地に若き日の父が酒蔵を立てて地酒を売ったら海外まで評判を呼んで大成功。
ところが好事魔多し。 今度はおばあちゃんががんを患い、小さかったお父さんは小児喘息で学校も休みがちになってしまったんだ。 そこで父は一大決心して家族を優先することにして、事業を畳むことにしたんだよ。」
Marshall博士によると、子どもの心理に最もよい影響があるのは、この「振り子物語」であり、家族の「人生のアップダウン」を知っている子ほど、その後の人生で直面する困難を乗り切る力を身につけている傾向が高いというのです。
大切なのは、知っている事実ではなく、知るまでのプロセス
では、どうやって子どもに親や祖父母などの人生の「振り子物語」を伝えればいいのでしょうか?
Marshall博士の共同研究者であるRobyn Fivush博士によると、大切なことは「子どもが家族の振り子物語を知っている」という事実ではなく、「振り子物語を知るまでのプロセス」である、と言います。
つまり、例えば親が子供と一緒にご飯を食べるときや、散歩のとき、遊ぶときなど、折に触れて、そして時間をかけて、子どもと話をする機会が大切ということです。
子どもに「振り子物語」を切り出すための20の質問
しかし、(私も含めて)多くの方が「失敗」や「挫折」の話を子どもにするのは抵抗があることは、前に述べた通りです。
それでは、そんな話をどうやって子どもに会話として切り出せばよいのでしょうか?
その方法として、Fivush博士は、前述の「DYK(知ってる?)の20の質問」を会話のきっかけにするとよい、と薦めています。 その内容は以下の通りです。(私たち日本人の考え方には合わないものもありますが、そのまま載せます)
- お父さんとお母さんはどう知り合ったか知ってる?
- お母さんはどう育ったか知ってる?
- お父さんはどう育ったか知ってる?
- おじいちゃん、おばあちゃんはどう育ったか知ってる?
- おじいちゃん、おばあちゃんはどう知り合ったか知ってる?
- お父さんとお母さんはどう結婚したか知ってる?
- 君(=子ども)が生まれた時の状況は知ってる?
- 君の名前の由来は知ってる?
- 君の兄弟姉妹が生まれたとき、どんなことが起きたか知ってる?
- 君は家族の誰に顔が似てると思う?
- 君は家族の誰と行動が似てると思う?
- お父さんとお母さんが若い時、どんな病気やケガに見舞われたか知ってる?
- お父さんやお母さんがいい経験や悪い経験から何を学んだか知ってる?
- お父さんやお母さんが学校に通っていた頃、どんなことがあったか知ってる?
- お父さんやお母さんの先祖の祖国(イギリス、ドイツなど)は知ってる?
- お父さんやお母さんの若いころの職業は知ってる?
- お父さんやお母さんが若いころどんな賞をもらったか知ってる?
- お母さんが通った学校の名前は知ってる?
- お父さんが通った学校の名前は知ってる?
- 「凍り付いた」表情の親戚がなぜいつも笑顔がなかったのか知ってる?
この質問リストを読むと、子どもの頃、これらの質問について答えてくれたときの、親の表情や口調、状況が懐かしい思い出として蘇る方は、私だけではないと思います。
だからこそ、自身の子どもにも、そんな思い出を将来に残してあげたいものですね。
参考文献:
1."LIFE IS IN THE TRANSITIONS" Bruce Feiler著
2.“Do You Know…” The power of family history in adolescent identity and well-being by Robyn Fivush, Ph.D., Marshall Duke, Ph.D., Jennifer G. Bohanek, Ph.D.
3.The “Do You Know?” 20 Questions About Family Stories by Robyn Fivush Ph.D.